東京地方裁判所 平成12年(ワ)11043号・平12年(ワ)7600号 判決
主文
一 原告・反訴被告の請求をいずれも棄却する。
二 被告・反訴原告株式会社Xの反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告・反訴被告と被告Bとの間においては全部原告・反訴被告の負担とし、原告・反訴被告と被告・反訴原告株式会社Xとの間においては、本訴反訴を通じこれを二分し、その一を原告・反訴被告の負担とし、その余を被告・反訴原告株式会社Xの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
被告らは、原告に対し、連帯して、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年四月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴
反訴被告は、反訴原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年六月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告・反訴原告株式会社X(以下「被告会社」という。)が訴外人を被告として起こした貸金請求訴訟において、訴外人の訴訟代理人として原告・反訴被告(以下「原告」という。)が書面で移送の申立てをし、これに対して被告会社が書面で反論をしたことに関し、原告が、被告会社の書面の記載内容が原告の名誉を毀損した等として、被告会社及び被告会社の代表取締役である被告B(以下「被告B」という。)に対し、慰謝料の支払を求める本訴を提起し、これに対し、被告会社が、原告の移送申立ての書面の記載内容が被告会社の名誉を毀損したとして、慰謝料の支払を求める反訴を提起した事案である。
一 前提事実(すべて争いがない。)
1 原告は、弁護士であり、被告会社は、金銭貸付業等を目的とする株式会社、被告Bは、被告会社の代表取締役である。
2 被告会社は、平成一二年一月二〇日、同社上野支店管理部所属の従業員Eを訴訟代理人として、東京簡易裁判所に、C及びDに対し、一八六万円余の支払を求める貸金請求事件(東京簡易裁判所平成一二年(ハ)第五一三〇九号。以下「別件訴訟」という。)を提起した。
3 原告は、別件訴訟について右Dの訴訟代理を受任し、平成一二年二月二四日別件訴訟第一回口頭弁論期日において、本案前の答弁として、東京地方裁判所への移送を求める旨の「本案前の抗弁(移送申立)」と題する書面(以下「移送申立書」という。)を提出し陳述したが、その内容は具体的には朗読されなかった。移送申立書の内容は、別紙一記載のとおりである。
4 被告会社は、別件訴訟において、平成一二年四月三日、「移送申立に対する反論」と題する書面(以下「反論書」という。)を提出し、同月一三日の第二回口頭弁論期日でこれを陳述したが、その内容は具体的には朗読されなかった。反論書の内容は、別紙二記載のとおりである。
5 別件訴訟の担当裁判官は、右第二回口頭弁論期日においてCに対する弁論を分離した上、平成一二年五月九日の第三回口頭弁論期日において、別件訴訟を東京地方裁判所に移送する旨の決定をし、被告会社は、右決定に対する抗告権を放棄した。
二 争点
1 本訴-反論書による名誉毀損又は侮辱の成否
(原告の主張)
訴訟においては、お互いの主張を批判、非難することは許されるが、相手の人格そのものを非難中傷することは許されない。
しかし、被告Bは、別件訴訟において、被告会社を代表して、反論書を提出し、同書面中で原告を「法匪」と誹謗した。これは、原告に対する人格の非難にほかならず、原告に対する名誉毀損又は侮辱に当たるものである。
これにより原告は、多大な精神的苦痛を被り、その苦痛は金銭に換算して一〇〇万円を下らない。
(被告らの主張)
被告らは、後記2(被告会社の主張)の原告の移送申立書における主張の齟齬と被告らに対する事実無根の誹謗中傷を「法匪」と指摘したにすぎない。
2 反訴-移送申立書による名誉毀損の成否
(被告会社の主張)
原告は、別件訴訟において、移送申立書中に、被告会社が原告の和解案に対し全く返答もせず、交渉も行おうとしないなどと、著しく真実と異なる事実を前提に、<1>被告会社が従業員をして、法律の専門家であれば恥ずかしくて主張できないような主張も平気な顔でさせる、あるいは<2>被告会社の訴訟提起は、主債務者が所在不明であることに乗じて任意弁済を強弁しようという厚かましい訴訟戦術である等と記載してこれを陳述することにより、被告会社を誹謗中傷してその名誉を毀損した。
訴訟の相手方の姿勢及びやり方等について批判することは、弁護士として当然の職務であるが、その批判は確実かつ合理的な根拠に基づかなくてはならない。しかし、右<1>については、いかなる事実を根拠に主張しているのか明らかでないし、右<2>は事実に反する。
原告の右行為により被告会社の受けた無形の損害は、金銭に評価すると少なくとも一〇〇万円が相当である。
(原告の主張)
移送申立書の記載を目にした者が被告会社を訴訟を悪用している悪質な金融業者と思うはずであるということは認めるが、原告が、むやみに被告会社を誹謗中傷し、その名誉を毀損した事実は否認する。<1>については、被告会社が簡易裁判所を専属的合意管轄裁判所に指定している意図は、法律の専門家であれば恥ずかしくて主張できないような主張も平気でさせることができるからであると指摘したに過ぎず、実際に、被告会社は、移送申立てに対する意見をその場で述べられなかったり、裁判所に対して数日中に提出すると約束した書面を出さずに放置したりするなど、弁護士なら恥ずかしいと思うことをしていた。<2>については、被告会社は、別件訴訟の相被告であり、請求にかかる貸金の主債務者であるCに対して、訴訟前にも相当の方法で支払の催告をしていたはずであるから、同人が所在不明であることは十分知悉していたはずである。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 前提事実4の反論書(別紙二)には、「右のとおり、被告代理人の主張は悉く事実を殊更に歪曲するものであり、しかも、その歪曲した事実を根拠に原告の権利濫用を主張するに至っては、もはや「法匪」としか言いようがない。」との記載がある。
2 しかし、民事訴訟においては、相手方の主張等を弾劾するために相手方の人格を批判するような表現等が用いられることがままあり、一方当事者の書面に記載された相手方当事者に関する記述は、その性質上、それがそのまま第三者に真実であると受け取られることは通常極めてまれというべきであること、本件の反論書は、別件訴訟の口頭弁論期日において陳述されたものの、その内容は具体的に朗読されず、当事者や裁判官等の裁判所関係者以外の者がその内容を知る可能性はほとんどなかったと考えられることを考慮すれば、反論書における「法匪」との記載は、確かに穏当な表現とはいえないが、これによって原告の社会的評価が下がったものと認めることはできない。
3 また、「法匪」との記載が仮に原告の名誉感情を害することがあったとしても、訴訟上、当事者の作成する書面に記載された主張は、その性質上一方当事者の言い分として受け取られるにすぎないものであること、前記のとおり、本件の反論書は、口頭弁論期日においてその内容が朗読されなかったため、別件訴訟の当事者や裁判所関係者以外の者がその内容を知る可能性はほとんどなかったと考えられること、原告は、被告会社の反論書の提出に先立ち、後記二のような記載を含む移送申立書を提出しており、反論書の右のような記載は、右移送申立書の記載に触発されたものと考えられること等に照らすと、原告に金銭をもって慰謝すべきほどの損害が生じたと認めることはできない。
4 したがって、被告会社の反論書の記載により原告が侮辱され、又は名誉を毀損されて損害を受けたとの主張は、理由がない。
二 争点2について
1 前提事実3の移送申立書(別紙一)には<1>「非弁護士である従業員に訴訟遂行をさせれば(中略)法律の専門家であれば恥ずかしくて主張できないような主張も平気な顔でさせることができる」との記載及び<2>「相被告Cが所在不明であることは原告において調査ずみであるから、これの任意弁済を強弁することにより、既に受けた弁済については法定利息を上回る利息を確保しようというあつかましい訴訟戦術なのである。」との記載があり、また、右各記載を目にした者が被告会社を訴訟を悪用する悪質な金融業者と思うであろうことについては当事者間に争いがない。
2 しかし、移送申立書も、その性質上、訴訟上の一方当事者の言い分として受け取られるものであり、別件訴訟の口頭弁論期日において、その内容が具体的に朗読されなかったため、訴訟当事者及び裁判所関係者以外の者がその内容を知る可能性はほとんどなかったと考えられること等の事情は、反論書と全く同様であり、したがって、移送申立書の前記記載によって、被告会社に金銭をもって償うべきほどの社会的評価、信用の下落が生じたと認めることはできない。
3 したがって、移送申立書の記載が被告会社の名誉を毀損したとの主張は、理由がない。
第四結論
以上の次第で、原告の本訴請求及び被告会社の反訴請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 城内和昭 裁判官 駒田秀和)
別紙一 平成一二年(ハ)第五一三〇九号
原告 株式会社X
被告 D
平成一二年二月二四日
被告代理人弁護士 A
同 笹瀬健児
同 山本有司
東京簡易裁判所御中
本案前の抗弁(移送申立)
第一申立の趣旨
本件訴訟を東京地方裁判所に移送するとの決定を求める。
第二申立の理由
一 原告が本件訴訟を御庁に提起した根拠は消費貸借契約書六条の専属的合意管轄であるが、被告は右条項の存在を認識していなかったことに加え、左の事情があるから、右合意を根拠に御庁を専属的管轄裁判所として訴訟遂行を強いることは原告の権利濫用というべきである。
二 本件の請求額は一八六万円余であり、本来の事物管轄は地方裁判所である。ところで原告が訴額の多寡を問わずに簡易裁判所を専属的合意管轄裁判所に指定しているのは、自社の従業員に訴訟代理行為をさせる意図からである。非弁護士である従業員に訴訟遂行をさせれば弁護士に事件を委任するより安上がりで済むし、法律の専門家であれば恥ずかしくて主張できないような主張も平気な顔でさせることができるからである。そして、被告は契約書六条について具体的な説明を受け、且つ原告のその様な意図を説明されていれば、このような一方的な条項に合意しなかったものである。
三 ところで本件訴訟は簡単な事案ではない。それは、訴額が高額であることもさる事ながら、原告が受領済みの金員につき法定利息による引き直し計算を全く行わないで請求を行っているからである。
そもそも被告代理人は、平成一二年一月一二日に被告から債務整理を受任し、その翌日に原告に対する受任通知を発送し、取引経過の開示を求めた。その結果原告から開示を受けたのが訴状添付の元利金計算書であった。これに対して被告が法定利息に引き直して計算をしたところ、平成一一年一〇月一三日時点の残額は一〇五万五〇八六円であった。そこで被告代理人は右金員を三五回の分割払いで支払いたい旨のファクシミリを平成一二年一月一九日に被告従業員E某に対して送信した。これに対して全く返答もせず、交渉も行おうとしないで翌日一月二〇日提起されたのが本件訴訟なのである。例文の専属合意管轄条項を最大限利用して、自社従業員を使って簡易裁判所を安易に使うことができるから、弁護士などと交渉する必要がない、というのが原告の考え方である。相被告Cが所在不明であることは原告において調査すみであるから、これの任意弁済を強弁することにより、既に受けた弁済については法定利息を上回る利息を確保しようというあつかましい訴訟戦術なのである。
四 以上に鑑みれば本件管轄合意を理由とする御庁を管轄とする訴訟提起は権利濫用というべきである。仮に百歩譲って権利濫用に当たらないとしても、右に述べた経緯及び事案の性質に鑑みて、本件は東京地方裁判所に移送されるべきである。
別紙二
平成一二年(ハ)第五一三〇九号貸金請求事件
原告 株式会社X
被告 D外一名
平成一二年四月三日
右原告 株式会社X
代表者代表取締役 B
東京簡易裁判所御中
移送申立に対する反論
頭書事件につき被告D(以下、被告という。)の移送の申立に対し次のとおり反論する。
一 原告と被告とは、金銭消費貸借契約証書(甲第三号証)第六項記載のとおり、東京簡易裁判所を専属的合意管轄裁判所と定めている。
右甲第三号証は僅か七項目より成る簡素なものであって、一般常識を有する被告には同書第六項の専属的合意管轄の定めの趣旨は十分理解できたはずである。
二 被告は、原被告間の右管轄の合意は、原告に一方的に有利な条項である旨主張する。
例えば、被告が東京簡易裁判所の遠隔地に居住し、同裁判所に管轄を限定することが、被告にとって甚だ不便であるといった事情等があれば、本件管轄の合意は一方的に原告に有利なものであり、原告の一方的な意思表示の押付として、付加的管轄の合意にすぎないと解することも可能であろう(札幌高裁昭和四五年四月二〇日決定下民集二一巻三・四号六〇三頁)。
しかし、被告は東京簡易裁判所の管轄区内に居住するものであり、東京簡易裁判所に管轄を限定しても、被告に対し何等不利益を強いるものではない。
また、簡易裁判所における簡易な手続は、当事者双方にとり訴訟追行に要する時間・労力・費用の軽減につながるのであり、原告にのみ格別の利益をもたらすものではない。
被告は、本件訴訟は簡単なものではない等と主張するが、本件訴訟は単純な貸金請求訴訟であり、主な争点は貸金業の規制等に関する法律(以下、法という。)第四三条の適用の有無であるところ、東京簡易裁判所において同種事件が多数処理されていることは裁判所に顕著な事実である(資料一)。
従って、本件を東京簡易裁判所で審理することに何の支障もなく、右に反する被告の主張は理由がない。
三 原告は、平成一一年一二月六日柴田稔秋弁護士より被告らの債務整理開始通知(資料二)を受領し、債権調査表を送付する等、同弁護士の債務整理処理に対応していたが、同弁護士は、平成一二年一月一二日被告らの代理人を辞任した(資料三)。
翌一三日、原告上野支店管理部社員E(以下、Eという。)は被告代理人からの債務整理開始通知(資料四)を受領し、被告代理人開示要求に対し、同日中に元利金計算書を送付し、本件貸付金は法四三条の適用がある旨伝えている。
然るに、被告代理人は、平成一二年一月一九日利息制限法に基づく元本充当計算に引直した金額を三五回の分割との申出を一方的に送信してきた。
それを受けたEは、同日午後四時一五分、被告代理人宛架電し、応対した男子所員に対し、再度法四三条の適用を前提とする分割案でなければ応じられない旨を申し入れたにもかかわらず、その後被告代理人からの連絡は一切ない。
ところで、大蔵省銀行局ガイドライン3-2-2(三)<2>は、「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知を受けた後に、正当な理由なく支払い請求をすること」を厳に禁じている。そのため、本件貸付金は柴田稔秋弁護士よりの債務整理開始通知を受領した平成一一年一二月六日より、所謂手付かずの状態になっていた。
そのため、Eは本件貸付金の回収業務を速やかに処理するため、本件訴訟に及んだ次第である。
従って、右に反する被告代理人の主張は殊更に事実を歪曲するものであって、正しく「一般常識人であれば、恥ずかしくて主張できないような主張。」に外ならない。
のみならず、被告代理人は、原告の本件訴訟は相被告C(以下、Cという。)が所在不明であることに乗じて任意弁済を強弁しようというあつかましい訴訟戦術である旨主張する。
しかし、Cに対する本件訴状が送達済であり、Cが所在不明でないことは、裁判所に顕著な事実である。
右のとおり、被告代理人の主張は悉く事実を殊更に歪曲するものであり、しかも、その歪曲した事実を根拠に原告の権利濫用を主張するに至っては、もはや「法匪」としか言いようがない。
よって、被告の移送申立は相当でなく却下されるべきものである。
以上